連休を狙って息子が帰ってきた。学生時代を通じて滅多に帰ってこない我が子ではあるが、仕事から直行。夜中のバス停まで迎えに行った来た。
彼と話をしていると、かなり昔に私が持っていた仕事に対する思いや、考え、姿勢が若返って教えられる事が多い。
いつの日か仕事に追われ、責任が重圧となっていく中で忘れていたものがよみがえる。情けないが我が子の教えられる事が明日からの自分に役立つのは事実だ。彼も彼なりに苦労し、毎日東京のコンクリートジャングルの中で飛び回っているのだろうが、それでも明日の仕事に向けまた東京へ向けでかけていくのは何とも心強い。我が子に感謝の週末だった。
2012年11月25日日曜日
2012年10月28日日曜日
聖職の碑
言わずと知れた駒ヶ岳登山遭難事件だ。
大正2年中箕輪尋常高等小学校の生徒たちが37名駒ヶ岳登山を実施、11名の命が奪われた出来事。我々は映画で見た記憶があるが、彼らが駒ヶ岳に向け登りだした登山口が小黒川渓谷にある。南信から見れば伊那前岳の北側になるが、通常考える駒ヶ根菅の台からのルートではなく北側からのルートだ。箕輪町の郷土博物館で特別展として昨日から開かれている。妻と興味を引くものの一致する点だ。
個人的感覚ではその内容にも、その出来事にももう少し突っ込んで解説をと言う気がしないでもないが、この出来事を風化させてはいけなく感じる。
我々は大沢岳に登山を行ったが、登ったのは我々。だが多くの保護者や営林署の方の協力があって自己無くこうやって存在していることが30年近く経って分かるような気がする。
いずれにしてもきわめて日本人的な精神思考というか、退く勇気の大切さというか、何らかの教訓を後世に生きる我々に教えている気がする。
大正2年中箕輪尋常高等小学校の生徒たちが37名駒ヶ岳登山を実施、11名の命が奪われた出来事。我々は映画で見た記憶があるが、彼らが駒ヶ岳に向け登りだした登山口が小黒川渓谷にある。南信から見れば伊那前岳の北側になるが、通常考える駒ヶ根菅の台からのルートではなく北側からのルートだ。箕輪町の郷土博物館で特別展として昨日から開かれている。妻と興味を引くものの一致する点だ。
個人的感覚ではその内容にも、その出来事にももう少し突っ込んで解説をと言う気がしないでもないが、この出来事を風化させてはいけなく感じる。
我々は大沢岳に登山を行ったが、登ったのは我々。だが多くの保護者や営林署の方の協力があって自己無くこうやって存在していることが30年近く経って分かるような気がする。
いずれにしてもきわめて日本人的な精神思考というか、退く勇気の大切さというか、何らかの教訓を後世に生きる我々に教えている気がする。
2012年10月14日日曜日
紅葉中休み
北信ではそろそろ里に下りてきている紅葉も、ここ南信ではまだまだ標高の高いところで留まっている。今日は南アルプスの稜線をおさえようと昨日から山行きを考えていたが、昨日と異なり朝日もまだらなはっきりしない天気だった。季節代わりを迎え中央・南アルプスの稜線が雲に覆われる事はなくなったが霞んだ光景が多くなってきた。これを過ぎると冬。空気が澄んでくっきり青空と稜線=スカイラインがはっきりするがその分冷え込みが厳しくなる。
その前に一年中で一番華やぐ紅葉を走らなければ、天気に左右されるが来週は北信から南へ紅葉を追いかける予定。未開の地へチャレンジの予定だ。
その前に一年中で一番華やぐ紅葉を走らなければ、天気に左右されるが来週は北信から南へ紅葉を追いかける予定。未開の地へチャレンジの予定だ。
2012年10月7日日曜日
白駒にて
2012年9月23日日曜日
あさま山荘
妻と軽井沢へ出かけた。最初は白糸の滝を撮りたくて単純に行く予定であったが、数日前にその話をしたところ、妻はあさま山荘の話をしていた。いろいろとweb上で調べたが、その正確な現場を押さえる事は難しく、比較的曖昧な場所表示が多かった。とにかく風化させてはいけない事件の一つ、妻と共通の記憶である。
帰って早速「突入せよ」のDVDを見たが確かに良くにている、と言うのも実際の事件現場と映画のロケ現場は異なるためにそのモノでのロケではない、しかしよく似ている。
ドキュメンタリー番組で何度か見てはいるがその内容ではなく、その現場の情景が私には大切で遠い白黒時代の厳しい寒さの中の出来事が我々夫婦にとっては共通の記憶だ。
まだまだひっそりと何度か訪れて四季を見てみたい現場、偶然で始まったこの事件の舞台がそこにある事が不思議な現象に何度か足を運んでみたい。
参照) http://wadanoko.blogspot.jp/2012/09/blog-post_23.html
帰って早速「突入せよ」のDVDを見たが確かに良くにている、と言うのも実際の事件現場と映画のロケ現場は異なるためにそのモノでのロケではない、しかしよく似ている。
ドキュメンタリー番組で何度か見てはいるがその内容ではなく、その現場の情景が私には大切で遠い白黒時代の厳しい寒さの中の出来事が我々夫婦にとっては共通の記憶だ。
まだまだひっそりと何度か訪れて四季を見てみたい現場、偶然で始まったこの事件の舞台がそこにある事が不思議な現象に何度か足を運んでみたい。
参照) http://wadanoko.blogspot.jp/2012/09/blog-post_23.html
2012年9月16日日曜日
35年ぶりの同窓会
この3連休は不運にも土日が仕事になり、たった1日のお休みになってしまった。それでも35年ぶりの同窓会はもう退職された恩師も来られ、是非参加したかった。35年ぶりとはいっても、私がそう記憶しているだけで思い出せば成人式も一緒だったし、そこそこ集まってはいたのかもしれない。
とうてい開始時刻には間に合うこともなく、遅れで参加した。もちろん皆が参加している訳ではないが懐かしいというよりは、老けた男女が揃っていた。一昨年退職された恩師は、私の小中高大を通じてたった一人恩師と呼べる存在で、今日の私があるのは彼のおかげだと思っている。その思いは未だに残っていて私の興味を引くものはその影響が大きい。もう我が子が独立している歳になって、十分保護者の立場で教師ともつきあってきたが、この恩師を今振り返るとけして上から目線でなく対等で彼が言いたいことをいう替わりに、私もいいたいことをいっていたし、それだけにお互い一緒に育った気もする。これが聖職たる教師の姿だと私は思っているし、そしてその時間が私の一番の宝物なのかもしれない。
卒業時のタイムカプセルが会場にあったが、それは卒業10年であけられるものでどうなったのか?気にはなっていたが改めて見てみると私の言葉は「確実な力」だった。これは記憶にない。
その恩師は胃ガンで3/4切除したそうでその当時の面影のまま、太る様子もなく少々元気のなさが気になった。
そろそろ孫を持ち出す年代の我々、しかしながら当時の性格は皆そのまま、それぞれがその性格で社会に存在しているが人が変わるということは滅多にないこと、そして皆それぞれ独特の世界を持っている事がこの歳になって初めてわかった気がする。遅れた分十分話をしたかった人たちと話をできなかったが、今後またこの集いが開かれることに期待する。古き友とはいろんな思い出があるが、やはり良い存在だ。
とうてい開始時刻には間に合うこともなく、遅れで参加した。もちろん皆が参加している訳ではないが懐かしいというよりは、老けた男女が揃っていた。一昨年退職された恩師は、私の小中高大を通じてたった一人恩師と呼べる存在で、今日の私があるのは彼のおかげだと思っている。その思いは未だに残っていて私の興味を引くものはその影響が大きい。もう我が子が独立している歳になって、十分保護者の立場で教師ともつきあってきたが、この恩師を今振り返るとけして上から目線でなく対等で彼が言いたいことをいう替わりに、私もいいたいことをいっていたし、それだけにお互い一緒に育った気もする。これが聖職たる教師の姿だと私は思っているし、そしてその時間が私の一番の宝物なのかもしれない。
卒業時のタイムカプセルが会場にあったが、それは卒業10年であけられるものでどうなったのか?気にはなっていたが改めて見てみると私の言葉は「確実な力」だった。これは記憶にない。
その恩師は胃ガンで3/4切除したそうでその当時の面影のまま、太る様子もなく少々元気のなさが気になった。
そろそろ孫を持ち出す年代の我々、しかしながら当時の性格は皆そのまま、それぞれがその性格で社会に存在しているが人が変わるということは滅多にないこと、そして皆それぞれ独特の世界を持っている事がこの歳になって初めてわかった気がする。遅れた分十分話をしたかった人たちと話をできなかったが、今後またこの集いが開かれることに期待する。古き友とはいろんな思い出があるが、やはり良い存在だ。
2012年9月9日日曜日
下栗の里
妻と半場亭の芋田楽を食べた。まだまだ開店間際の半場亭では昼食というわけにも行かず、ほんのお茶程度に二人分お願いした。私は子供の頃からこの下栗芋を炭火で焼き、ねぎ味噌をつけて食べて育ったので全く抵抗なく、そしてまた皮さえもむいてないそのままの小芋独特の臭いと味がたまらなく幼少期に記憶を戻させ、祖母の顔などが思い出される。今では下栗の里などと言って遠く他県からもやってくるが、まだ道が無く車で行く事ができなかった時代に徒歩でここへ来た時など何とも自然の恵みもので食事をとっていた時代が懐かしい。自分のルーツを改めて知らなければならない重要さを痛感した芋田楽だった。
2012年8月12日日曜日
平谷~売木~新野~遠山
平谷の道の駅でひまわりの様子を見た後、売木村を経由して新野の道の駅へ向かった。平谷~売木の街道は30年ぶりくらいに走ったがずいぶんと改良が進み整備されていた。売木の蓮が気になっていたのだが、花はそこそこ、しかし日向き良く撮るには草が生い茂り足場も悪く断念した。折しもおじさんが草を刈っていてくれたがまたの機会とした。道の駅千石平では目的のキビを買う事ができたが、あま太郎五本で800円、あんみつ姫というのはどんなものか知らないがそちらも口にしたいと思っている。新野~天龍村へ抜け道中で浄心の滝(こんな感じだったと思う)で撮影。遠山の谷へと向かった。遠山川の谷に沿って吹く南風はからっとして乾き、心地よく涼しさを届けてくれた。NHKの全国ニュースでも最高気温でたびたび放送されるが、子供の頃から特別暑く感じた事はなく住めば都のこの地は遠きにありて思う最高の場所だと思う。さびれるもまた文化の歴史の流れと思いこのままこの良さが続く事を願う次第だ。
2012年7月29日日曜日
富士見高原
突然ではあるが、昨日息子が帰ってきた。何の予告もなく新宿へ出たついでに高速バスに乗り来たようだ。特別に何をと言うわけでもないが、それでも子供が帰ってくるのはうれしい。妻もうれしそうで、口ではなんだかんだと世話をやいているがまんざらでもない。今日はかねてから富士見のゆりを見る予定だったので、息子も同行してスキー場を歩いてきた。
2年ほど前に車山へ一緒に行って以来久しぶりに家族3人でのお出かけとなった。なかなか2人の子供もそろって4人が一緒に出かける事はないが、それでもこういった機会にどこかへ出かけるのはそれなりの記憶となってうれしいものだ。ここ連日暑い暑いと言って過ごしているこちらの生活だが、息子に言わせると東京、特に練馬方面はこんなもんじゃないと言っている。暑い都会で過ごす子供にとってはやはり田舎の空気は涼しく感じるようだ。
これと言って特別な事はしれやれないが、それでもゆっくりと休んで元気でまたがんばってくれればそれ以上はない。
2年ほど前に車山へ一緒に行って以来久しぶりに家族3人でのお出かけとなった。なかなか2人の子供もそろって4人が一緒に出かける事はないが、それでもこういった機会にどこかへ出かけるのはそれなりの記憶となってうれしいものだ。ここ連日暑い暑いと言って過ごしているこちらの生活だが、息子に言わせると東京、特に練馬方面はこんなもんじゃないと言っている。暑い都会で過ごす子供にとってはやはり田舎の空気は涼しく感じるようだ。
これと言って特別な事はしれやれないが、それでもゆっくりと休んで元気でまたがんばってくれればそれ以上はない。
2012年7月22日日曜日
信州里の菓工房
遠出を控えた今週末は、昼を飯島の道の駅に出かけた。私は道の駅のみよし食堂のローメンが好みでこだわらなければよく食べる。と言いつつ本日はサラダそばをいただいたのだが。今まで何度となく寄っているこの道の駅だが、今日は駐車場に交通整理員が配置されており、思いも寄らぬ混雑ぶりだった。それもそのはず、お隣の 信州里の菓工房 が感謝祭を催しており、多くの人たちで賑やかだった。こちらでは決まって外のカフェで栗ソフトをのんびり妻と食べるのだが、今日はねやねやの人にテーブルも空く暇がない様子であった。こちらは恵那の栗が自慢のお菓子屋さんだが、個人的には嫌みのないお店で好きなタイプだ。まあ、うらやましい人の集まりに企業と地元の協力関係を改めて実感した光景だった。
2012年7月16日月曜日
銀婚記念 郡上八幡の旅
今年2月に予定しながらも延期した郡上八幡への旅を妻と出かけてきた。冒頭にこのたびはたった一泊ではあるものの昨年の10月、まだ給料も少ない息子と、学生の身分であった娘が銀婚を記念して贈ってくれたものだった。都合が悪ければ流してしまうところだが、我が子供たちに感謝しながらも我々夫婦の思い出としなければ相当な損をしてしまう気がして思いでづくりへと出かけた。
同じように古い町並みが残る場所ではあるが、正直高山よりは相性が合い、また訪れたいと思わされた。次回は本気で踊りに妻と行く。
もちろん食品サンプルや水、お城も思い出ではあるが、一番考えさせられ、そして心に残ったのは踊りの彼女の姿と言葉だった。どこの誰かはわからないが、大きなものを思いつかせてくれた気がする。
旅をくれた我が子供たち、息子と娘に感謝。
同じように古い町並みが残る場所ではあるが、正直高山よりは相性が合い、また訪れたいと思わされた。次回は本気で踊りに妻と行く。
もちろん食品サンプルや水、お城も思い出ではあるが、一番考えさせられ、そして心に残ったのは踊りの彼女の姿と言葉だった。どこの誰かはわからないが、大きなものを思いつかせてくれた気がする。
旅をくれた我が子供たち、息子と娘に感謝。
2012年7月8日日曜日
アンデルセン ~駒ヶ根
朝から動いた今日は、午前9時には大鹿中村農園に到着していた。ほぼ一番乗り、私たち以外にはもう一組の外来者がいただけだった。自宅を出る時の空模様はだんだんと雲が増え雨が時間の問題と言った雰囲気であったが、山を登るにつれ青空が広がってきた。
中村農園ではなぜかここまで来て職場の某女史と出くわした。相手方は母親と同伴の様子だったがまあ珍しい事。
中村農園を後にして個人的には主体だった大沼を撮ろうとおもって下ったが、残念な事にこのところの雨で湖水は真っ茶色。これでは絵にならないし止まる事なくしばらく下り、樹海のところで車を降りた。おそらく大沼は九輪草と沼と霧というのがベストだろうが、とうていそんな時間帯にたった一人でここで時を過ごす事は小心者の私にはできる事ではない。
下りきった後は、152を分杭峠に向けて走り峠越えをして長谷か駒ヶ根かで迷った末駒ヶ根、中沢に下る事とした。
今日のランチは駒ヶ根ICそばにある「アンデルセン」。よく噂にも聞くし、雑誌でも見かける店だがなぜか12時ジャストに私たちだけの客。心許ないが妻と二人で入ってみると、何とも昔懐かしドライブインのような雰囲気のお店だった。豚肉の焼き肉定食=普通の肉にたれを絡ませたものではなく一枚物の肉をからっと焼いた上に大根おろしとたれが乗って出てきた、これが何ともうまい。
年度が変わって撮影ポイントだけでなく食にも妻と二人でこだわりだした我々には新たな食の場所を見つけるのも楽しみの一つになってきた。
中村農園ではなぜかここまで来て職場の某女史と出くわした。相手方は母親と同伴の様子だったがまあ珍しい事。
中村農園を後にして個人的には主体だった大沼を撮ろうとおもって下ったが、残念な事にこのところの雨で湖水は真っ茶色。これでは絵にならないし止まる事なくしばらく下り、樹海のところで車を降りた。おそらく大沼は九輪草と沼と霧というのがベストだろうが、とうていそんな時間帯にたった一人でここで時を過ごす事は小心者の私にはできる事ではない。
下りきった後は、152を分杭峠に向けて走り峠越えをして長谷か駒ヶ根かで迷った末駒ヶ根、中沢に下る事とした。
今日のランチは駒ヶ根ICそばにある「アンデルセン」。よく噂にも聞くし、雑誌でも見かける店だがなぜか12時ジャストに私たちだけの客。心許ないが妻と二人で入ってみると、何とも昔懐かしドライブインのような雰囲気のお店だった。豚肉の焼き肉定食=普通の肉にたれを絡ませたものではなく一枚物の肉をからっと焼いた上に大根おろしとたれが乗って出てきた、これが何ともうまい。
年度が変わって撮影ポイントだけでなく食にも妻と二人でこだわりだした我々には新たな食の場所を見つけるのも楽しみの一つになってきた。
2012年7月1日日曜日
かんてんぱぱガーデン 「ひまわり亭」
朝早くから動いた今日は、あいにくの雨降りで目的の深妙寺から高速を使って豊科へと思っていたがそれを断念した。まだ世の中がこれから動く時間帯でひとまず自宅の方向へ車を向けたが、道中でかんてんぱぱへ寄ってみた。通常ならばショップの周辺の駐車所は満車でショップの中は人でごった返しているのだが、この「雨」が作用して比較的空いていた。
当然ながら無料のゼリーを頂戴し、本日は始めて杏仁豆腐もあってそれも頂戴した。ようやく11時近くなって、はて、いつもは満席で食べた事のないひまわり亭をのぞいてみたが、空き空き状態。これはここで食べない手はないと妻とゆっくりと昼食をとった。
「煮込みハンバーグ」しっかりとした量で大人の男でも十分だ。小食の私には少し多いのだが。何度も訪れながら入れた試しのなかったこの昼食に大変満足のかんてんぱぱだった。
当然ながら無料のゼリーを頂戴し、本日は始めて杏仁豆腐もあってそれも頂戴した。ようやく11時近くなって、はて、いつもは満席で食べた事のないひまわり亭をのぞいてみたが、空き空き状態。これはここで食べない手はないと妻とゆっくりと昼食をとった。
「煮込みハンバーグ」しっかりとした量で大人の男でも十分だ。小食の私には少し多いのだが。何度も訪れながら入れた試しのなかったこの昼食に大変満足のかんてんぱぱだった。
2012年6月24日日曜日
高遠と言えば 保科正之
ローズガーデンを訪れた後は決まって高遠の町でそば。町並みのなじみの場所で妻と口にする。高遠そばは独特の辛み大根と味噌仕立てのつゆで食べる。やせた土地によく育ちかつては米のとれないところではその代理品として平民の主食であった。「私の記憶によると」この地を治めた保科正之は数奇な運命で高遠にやってきたが、世が世なら家光の異母兄弟だ。徳川安泰の基礎はこの保科正之のおかげと言っても過言では無い。幕府第一、江戸の大火事の教訓を生かし、隅田川に架かる両国橋は彼の江戸から領民を逃がす策であったし、年金米と呼ばれる90歳以上の農民には藩の所有米を配って長生きは良いことだとも言っている。但し、後に会津藩を治めこの幕府第一があの会津白虎隊の悲劇を招くことにもなる。会津を訪れるとなぜか喜多方ラーメンと並ぶ高遠そばがあるのは彼が高遠から会津に持ち込んだからだ。
2012年6月3日日曜日
養命酒 駒ヶ根工場 カフェ ヒーリング テラス
シャクヤクの様子を見た後、久しぶりに養命酒へ寄って時間を過ごした。酒に弱い夫婦ではこれと言って飲んでみたいという気の起こるものはないが、その奥にあるカフェで一休みするつもりが、少し早めに昼食をとるということになり、「うま辛ビビンバ丼セット」を食べてみた。割安感があってどことなく薬膳ぽくて大変気分的に健康になった気がする。さほど辛いこともなくおいしい、是非おすすめしたい。昨年の秋から極力食にこだわろうと思っていたが、ここでこれを食べなければおそらく道の駅飯島のローメン担っていただろう。それを考えると大変良いものに出会った気がする。
2012年5月31日木曜日
念願のSLT-A77V
4月当初に底をうったα77がようやく価格がこなれてきて手の届くところまでになった。ここ数日価格の変動を眺めていたが、昨日発注、本日の夜には手元に届いた。つまらないことではあるが日柄にを見て今日手をつけてみた。550と比べてみてサイズ的にはさほど変化を感じない、EOSの7や5mk2、mk3とは比べものにならないくらいに小振りでまとまっている。重さも幾分550より重いかな?と言う程度で軽い。何と言ってもペンタ部分が550とは異なって肩にかけてのラインがEOS並になめらかになりデザイン的にはかなり良くなった。とりあえず、16-105をつけてみて覗いたが、びっくりするほどファインダーが明るい。ファームのバージョンは1.03、それでもHPのインプレで書かれているほど合焦は遅くなく、休日に1.05にアップするつもりだ。プレビューボタンや外部接続端子などが増えてずいぶん初級機とは様相を異なる。この機に期待したのは1/8000のシャッターと電子水準器、画素数。いずれもほんのちょっと触っただけだが満足している。後は肝心の画像だ。
今まで350、550と使ったがBTが500Hなのが助かる。550の2機体制からどう展開するか考え中だが、レフ機の550を手放す気にはならない。もう少し時間を空けて77の2機体制がベスとかな?
今まで350、550と使ったがBTが500Hなのが助かる。550の2機体制からどう展開するか考え中だが、レフ機の550を手放す気にはならない。もう少し時間を空けて77の2機体制がベスとかな?
2012年5月3日木曜日
2012年5月2日水曜日
愛犬の死
この連休の始まりからどうも我が家の犬の様子がおかしかった。かかりつけの獣医は暦通りでなかなか診てもらえず、昨日の夕方急いで連れて行ったのだが、今までの病気とは違って大腸憩室ということであった。我が家の犬はどちらかというと肛門周りに病が起こりやすく、匂い袋の爆発も経験していた。昨日は摘便をされてすっきりとしていたが、夜息が荒くなり今朝には息を引き取っていた。
獣医の診断や処置にも疑問は残るのが正直なところだが、そう言ってみても仕方がない。素直に受け入れようと思っている。まだまだ7歳と若い犬だったのだが寂しさが残る。
だからといって次の犬を飼う気持ちにはなれずしばらくは夫婦二人だけの生活で行こうと思っている。何より飼い主であった娘が、この休みに帰ってきて遊んでいったことが救われる。安らかに眠ってほしい。
獣医の診断や処置にも疑問は残るのが正直なところだが、そう言ってみても仕方がない。素直に受け入れようと思っている。まだまだ7歳と若い犬だったのだが寂しさが残る。
だからといって次の犬を飼う気持ちにはなれずしばらくは夫婦二人だけの生活で行こうと思っている。何より飼い主であった娘が、この休みに帰ってきて遊んでいったことが救われる。安らかに眠ってほしい。
2012年4月30日月曜日
連休
娘がこの連休を利用して帰ってきた。暦通りの仕事に就く娘にとっては後半の連休でも良かったであろうが、後半は渋滞を予測しての気象だった。今のところ渋滞は大きく発生していないが、果たして読み通りか?は不明だ。3日ほどではあるものの、これからだんだんと帰る機会が少なくなるであろう仕事の状態を予測して、おそらく彼女は我々両親へ気を遣っての帰省だと思う。ようやく学校を卒業して開放されたと思えば仕事に追われる生活になり、もちろん我々もそうやって過ごしてきたであろうが、親とすれば何とも寂しい次第だ。とにかく元気で過ごしてくれる事だけを祈るだけだ。
2012年4月22日日曜日
望岳荘のカレーバイキング
大草城址公園から西丸尾の桜に向かう途中で望岳荘からの桜と中央アルプスも撮影した。まだまだ子供が小さい頃ここへ来た記憶があるが、妻に言わせるとここ二年ほどの間にも来た事があるらしい。全く記憶にないのだが、ここで二人だけで昼食をとったといっていた。今日もそのつもりでとより込んだのだが、昼食はカレーバイキング。これがまたいける。もちろん量は自分次第の加減ではあるが、これで¥735は大変なお得感だった。高価なデジ一に大口径のレンズ、いかにも写真を撮りますスタイルのハイエイジの方々が大半を占めて代わる代わるおかわりをしていた。とうてい我々ではカメラも食の量でも叶わない。どう見てもマナーの悪い写真付きが多い昨今、どうか評判を落とさないようにお願いしたい。
2012年4月10日火曜日
ようやく春
実に遅い春の訪れとなった。今朝通勤路の比較的早咲きの桜の蕾が色をつけ木全体が色づいていた。例年よりも10日から2週間遅れの気がする。これからいろんな桜巡りを楽しみに週末を過ごせる。あっと言う間の桜前線ではあるが、この毎年の風物詩が貴重な恵みだ。
2012年3月29日木曜日
旅立ち
今朝娘が就職に向け旅立っていた。思えばあっという間の4年間、そして22年間だった。病院の待合室で産声を聞いたのがつい昨日のようだ。
今までは学生でお気楽に、親を頼りにやってきたのだろうが、これからはそうも行くまい。2年前息子が社会人となった時とは違う女の子ならではの感情がこみ上げてきた。今週は単純にオリエンテーリングだけのようだが、来週からは早速に現場が始まるであろう。本人は勿論親も不安を覚える旅立ちだ。
今までは学生でお気楽に、親を頼りにやってきたのだろうが、これからはそうも行くまい。2年前息子が社会人となった時とは違う女の子ならではの感情がこみ上げてきた。今週は単純にオリエンテーリングだけのようだが、来週からは早速に現場が始まるであろう。本人は勿論親も不安を覚える旅立ちだ。
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