2012年6月24日日曜日

高遠と言えば 保科正之

ローズガーデンを訪れた後は決まって高遠の町でそば。町並みのなじみの場所で妻と口にする。高遠そばは独特の辛み大根と味噌仕立てのつゆで食べる。やせた土地によく育ちかつては米のとれないところではその代理品として平民の主食であった。「私の記憶によると」この地を治めた保科正之は数奇な運命で高遠にやってきたが、世が世なら家光の異母兄弟だ。徳川安泰の基礎はこの保科正之のおかげと言っても過言では無い。幕府第一、江戸の大火事の教訓を生かし、隅田川に架かる両国橋は彼の江戸から領民を逃がす策であったし、年金米と呼ばれる90歳以上の農民には藩の所有米を配って長生きは良いことだとも言っている。但し、後に会津藩を治めこの幕府第一があの会津白虎隊の悲劇を招くことにもなる。会津を訪れるとなぜか喜多方ラーメンと並ぶ高遠そばがあるのは彼が高遠から会津に持ち込んだからだ。

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